岩手県の増田知事が来年春に予定されている次期知事選挙に出馬しないと表明したのに続き、2日には和歌山県の木村知事が談合疑惑のなかで辞職を表明した。
助役の日々で、これらのニュースに接すると、僕が特別職知事秘書時代に深くかかわってきた知事連携の時代が大きく変化していることを感じる。
平成10年のことだったと記憶しているが、橋本高知県知事と僕の接点が深くなったのは、三重県で知事連携の会議が開かれたときだった。
当時、三重県津市で市議会議員をしていた僕は、志摩半島で開催された会議のあとで橋本知事と懇談する機会があって、そのときに初めて岩手県の増田知事や宮城県の浅野知事と名刺交換をした。
市会議員の名刺に「お手伝い」ということばが入っていたことに、いたく増田知事が感心していたのを覚えている。
それ以来、高知県に帰ってからは三重県の北川知事、岐阜県の梶原知事らを含む知事連携の会に可能なかぎり顔を出して、ときには急に会議を欠席した橋本知事からのメッセージを各県知事にお伝えする仕事もしてきた。
地域自立戦略会議という名称の知事連携の会では、鳥取県の片山知事、滋賀県の国松知事、和歌山県の木村知事、千葉県の堂本知事らが加わって、いわゆる改革派知事としての活発な実践に基づく議論が交わされるのを、僕も一緒に聞いていたものだった。
幾人かの知事には僕も顔なじみになって、お会いすると声をかけていただくことも多かった。
障害者福祉、バイオマスエネルギー、高速道路、三位一体改革、地震対策、マニュフェストといった課題で知事たちが集まって出すメッセージは、政治や行政の閉塞感を打破する、一定の影響力をもっていたと思っている。
ただ、その知事連携のメンバーも、3年前に三重県の北川知事が知事選挙に出なかった決断をしたあとは、地域自立戦略会議の会員でいえば、岐阜、宮城、滋賀と欠けていき、来年4月までには和歌山、岩手と辞めれば、3分の2の知事が4年間で去るという事態になることになった。
そんな状況のなか、報道によると橋本知事が地域自立戦略会議の清算ということを語ったというのも仕方のないことかと感じる。
これからしばらくは、無党派知事の連携というよりも、全国あるいは四国という地域での知事会議や南海地震対策といった課題に応じた知事連携が、高知県にとっては重くなってくるのだろうか。
いつかは、この知事連携の時代とは何だったのかということを、長い文章でまとめてみたいと願っているが、志摩半島での知事会談から8年間が過ぎるなか、知事連携のありかたもずいぶんと変わってきたことを強く思うこのごろだ。
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