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2012年11月28日 (水)

改革派知事の時代に区切りをつけた嘉田・滋賀県知事の国政挑戦

嘉田由紀子・滋賀県知事が27日、124日にはじまる総選挙を前にして新党「日本未来の党」結成を記者会見で表明した。

環境社会学者から県知事に転身した嘉田知事だが、改革派知事の時代との関連では、時代に区切りをつける役割を二つ果たしている。

ひとつは、改革派知事連携のグループであった「地域自立戦略会議」「国と地方の税制を考える会」「21世紀臨調の知事・市町村長連合会議」「分権型政策制度研究センター」に参加をしていた現職の国松善次・滋賀県知事を、20067月の知事選挙で破って初当選を決めたことだ。

嘉田知事当選の背景には、新幹線の新駅設置問題をめぐる現職知事への批判もあったとされるが、環境政策でも一定の評価をうけて改革派知事連携に参加をしていた現職知事が敗れるのは初めてで、衝撃的だったと記憶している。

改革派知事連携組織のコアである地域自立戦略会議に加わって、200510月には滋賀県長浜市で、浅野(宮城)、木村(和歌山)、橋本(高知)の各県知事らと「地域の自立と福祉」をテーマに議論をかわしていた国松・滋賀県知事が選挙で敗れるということは、闘う知事会路線を主導した梶原・前全国知事会長がトップだった岐阜県庁で裏金問題が同時期に発覚したことと合わせて、改革派知事の時代に暗雲がたちこめてきたことを感じさせる出来事だった。

もうひとつ改革派知事たちと区切りをつけた点としては、地域政党「対話でつなごう滋賀の会」がローカルパーティーとして嘉田知事を支援する目的もあって結成されたときに、嘉田知事自身も顧問として加わって、今に至る首長参加の地域政党の流れを作ったことだ。

改革派知事のなかで、県議会との対立関係に苦しんだ橋本・高知県知事も浅野・宮城県知事も、県議会のなかで知事と距離感の近い議員をつくろうと応援する活動に乗ることはあったが、政治団体としての地域政党を立ち上げようとすることにはならなかった。

滋賀県の場合、大阪維新の会や減税日本のように首長自身が代表にはなってはいないが、首長が地域政党に加わるという、改革派知事たちがやらなかった形で、新しい地方政治の在り方を示した点で、嘉田知事は時代に区切りをつける役割を果たしたといえるだろう。

換言すれば、橋下・大阪市長も河村・名古屋市長も、嘉田・滋賀県知事が新しい発想のもとでつくった地域政党という土俵を前例として、それぞれの地方議会議員と一緒に政治を動かしたと見ることができるということだ。

総選挙を前にして、地域政党を築いてきた知事や市長たちが、国政を変えることを目指す活動を活発化させている。

「地方から日本を変える」と、闘う知事会を舞台に中央との戦いを展開した改革派知事の時代が過ぎて5年になった。

改革派知事の次の世代にあたる地方の指導者たちの「地方から日本を変える」国政挑戦に、筆者も大いに注目をしたい。

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