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2008年5月24日 (土)

大阪のホテルでぼやに遭遇

宿泊していた大阪のニューオリエンタルホテルで火事に遭いました。

目が覚めて携帯メールを家族に送っていたところ、火災報知機が館内で鳴り響きます。

時刻は6時20分ぐらいでしょうか。

まさかと思いつつ、朝食や新聞を近くのコンビニエンスストアで買いにいく用事もあったので、着替えて5階の部屋から1階のロビーに行きます。

部屋から廊下に出ると焦げ臭いので、エレベーターを使わずに階段で降りました。

多少、煙が気になるので口をおおいながら、「煙がもっと出ているようなら、階段の段差から空気を吸うといいんだよな」と考えますが、それほどのひどさではありません。

一階に着いて、フロントの従業員の方に事情を聞くと、地下にあるサウナが故障したらしいと落ち着いて返事があったので、いったんはコンビニに行くことにしました。

火災報知機は鳴っているのですが、1階に降りてきた人は見かけませんでした。

ところが、10分ほどしてコンビニから帰ってくると、白い煙が外からみて分かるぐらいに出ていて、宿泊客も次々にホテルから避難してきます。

100人ほどでしょうか。外国人の宿泊客が目立ちます。

荷物を持ち出している方もいますが、なかには、ホテルのガウンを着たままの方もいます。

消防自動車も続々とかけつけていました。

救急車は到着する気配がないので、けが人などはいないようです。

北海道で仕事をしていた当時の知り合いの記者が、大阪勤務だったのを思い出して電話をすると当直勤務をしているというので、火災の一報と周囲のようすを伝えました。

周囲の方に聞くと、火災報知機が鳴ったあとに館内放送で避難の呼びかけがあって、外に出たといいます。

火災そのものは地下の火元への消化活動で鎮火したのですが、それまでは延焼して部屋に置いてきた荷物がだいなしになるとしんどいなあ、なんで持ってこなかったんだろうと後悔していました。

早朝のホテル火災ということで取材の記者やカメラマンもぼつぼつやってきて、着の身着のままで避難している方にインタビューしているのが見えます。

また、鎮火したころには消防からスピーカーを通じて、地下のサウナを火元とする火事は消えたものの、部屋に取り残された方はいないか、火災原因は何だったのかを調べるために、しばらく外でお待ちくださいという案内がありました。

ホテルのスタッフは避難した客に対して、宿泊名簿とのチェックを呼びかけていましたので、部屋番号と名前を紙に記入しました。

避難して待っているのは、7時30分すぎまで続いたでしょうか。

5階の部屋に帰ってみると、部屋のなかまで焦げ臭さが広がっていて、風が通るように部屋の扉と窓は開けた状態でした。

避難する間に、コンビニエンスストアで買った朝食を立ったまま食べているところを、カメラで撮影されていて、その僕の姿が8時半のNHK全国ニュースに出ていたと、あとで家族から教えてもらいました。

電話をした当直の記者からは、僕のコメントや撮影した写真を入れた記事を送稿したと聞きましたが、夕刊のときには大きなニュースがほかにあって、僕の名前が登場することはありませんでした。

結果的に火災はぼや程度で済んだので、全国ニュースにはなったものの、体にけがをしたわけでもなく終わったのでほっとしていますが、着替えてから一階に下りていった判断はどうだったのか、他の宿泊客にも声をかけて下りるほうが良かったかという反省点を含めて、貴重な経験ができました。

大浴場があって安い宿泊施設をネットで探して見つかったホテルで、確かに古い建築物なんだけれども、フロントの対応は気持ちよく部屋の広さもそこそこあったので、また泊まりたいと思うホテルでした。

今回の火災を教訓に、さらにサービスを充実させたホテルにまた泊まる日を楽しみにしています。

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2008年5月18日 (日)

総務大臣との国民対話で発言

5月17日午後に大豊町で開かれた「増田大臣と語る希望と安心の国づくり」と題した国民対話に参加し、発言をしてきました。

JR土讃線の大田口駅前のセンターでの会には、あらかじめ応募していた150名ぐらいの方が参加です。

新聞広告やニュースで国民対話のことを知って、顔なじみの大豊町職員の方が担当でしたので、大豊町役場経由で僕は申し込みました。

3階にある会場入り口では、荷物の中身をあけるように求める検査や金属探知機をあてるようなコーナーがあって、ものものしい雰囲気です。

始まる10分前には説明があるということで、ぎりぎりに着くと席は後ろのほうになりました。

壇上にのぼるのは増田総務大臣と内閣府の木村副大臣で、司会は高知大学の坂本教授です。

尾崎知事と地元・大豊町の岩崎町長は、最前列で話を聞くという紹介がありました。

まずは、地方再生担当大臣として、増田大臣から「地方再生の取組について」とするペーパーに基づく説明が、10分ほど続きます。

そして、あとは司会の坂本教授が会場から挙手で発言を求める方々を指して、指されたみなさんが質問・要望を述べていきました。

僕はてっきり発言予定者は決まっているものだと考えていたので、あまり準備はしていなかったのですが、それでも日常から思っていたことがありましたので、最初から手をあげて発言を求めました。

地方再生のイメージを聞く質問や、農業、文化財保護、交通確保、働く場の要望など、具体例もときにはまじえながら、総務省や内閣府の所管外のことでも丁寧に真摯に返事をいただけます。

僕からは二点を申し上げました。

ひとつは地上デジタル放送の受信対策という、今の仕事にかかわることで、あと3年後にデジタル完全移行という期日が迫っているけれども、高知県で自主共聴施設の補助金をもらっての事業がひとつも進まないので危機感を覚えていると話をしたうえで、地上デジタル放送の普及に向けて低い所得の方や高齢者といったみなさんへの手厚い支援措置を考えてほしいということです。

また、もうひとつは国の政策決定のあたる審議会委員の顔ぶれをみていると東京を中心にした都会の方ばかりが目につくので、もっと地方からの枠を設けてルール化をして地方の声を仕組みとして吸い上げてほしい、ということです。

増田大臣からは、質問した僕のことを覚えていますよといってくださったうえで、地上デジタル放送の件では夏にも経済弱者対策を出していきたいので検討材料にしたいということと、地方の声を反映させていく必要性は同様に考えているといった趣旨の返事をいただきました。

翌日の高知新聞記事に紹介された内容がそれです。

国民対話での80分近い議論の間には、全部で16名のやらせなしの質問者が意見を述べていくのですが、そのひとつひとつに丁寧に答えていく大臣の姿勢には感銘を受けました。

また、出席者の発言分野のバランスもよく、嶺北地方からが半分ぐらいで、あとは高知市といった発言者の地域バランスもちょうど取れているのにも、結果的にはちょうど良かったと思います。

最後の質問者は期せずして、僕が仕えた安芸市の松本市長でしたが、今後の過疎対策に地震対策を加えてほしいという要望に始まって、高知県の暮らしの実態から後期高齢者医療制度の問題点を指摘するという点はさすがです。

もちろん、対話があったその場で物事が決まる、あるいは既存の方向性が変化するわけではないでしょうが、そうした聞く場を中山間地域でもっていただくことは貴重な機会だと思いました。

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2008年5月 1日 (木)

いなかインターンシップを応援

4月29日は、土佐町であった、いなかインターンシップのイベント「I フェスタ」に参加しました。

高知県北部の山間部にある嶺北地域に、高知大学の学生たちが一定の期間住み込んで農業や林業、加工業、観光業の体験をしていくのが、いなかインターンシップの内容です。

夏休みと春休みの年2回の実施なのですが、今回は春休みの分の報告会でした。

高知大学の協力で出ているバスでやってきた学生たち70名は、午前中は地域の現場をみていったあと、午後のイベントに参加しました。

6人ほどの社会人と学生あわせた小グループを作っての集まりで、隣に座った「山荘しらさ」でインターンを経験した学生からは、どんなインターン期間を過ごしたのか、山荘しらさでなにを感じたのかを教わります。

全体の発表では9名の大学生が、それぞれに有機農業、犬小屋作りや、全国から集まってもらって「森の未来に出会う旅」という催しをしたことなどを、パワーポイントを使ったプレゼンをしています。

自分の学生時代には、ゼミで発表するということではあっても、こんな大勢の前でしゃべるということはなかったなあと思いながら聞いていました。

高知大学と南の風社がタイアップして続けてきたいなかインターンシップは、学生の教育と地域の振興を両立させたプログラムとして、全国に広がっていくべきものだと思いました。

たぶん、学生自身にとってはどれだけ自分が地域の役に立つのだろうかと自問するかもしれませんが、そうした若い人たちが地域に自分たちから入っていくことで、地域の資源に目覚めて自信をもってもらうことが、一番の効果なのでしょう。

連休中は東京に行く機会がありますので、出会った方々に高知ではこんな面白い動きがあるよと伝えるために、帰り際には余った当日パンフレットをいただいてきました。

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