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2007年1月31日 (水)

朝礼でごあいさつ

高知市内にいくつかの事業所のある企業で、朝礼のあいさつをさせてもらっています。

社員のみなさんが集まっている場所で、名刺か後援会しおりを配ったうえで、内容の説明などを加えて応援のお願いをしています。

朝礼の前に、企業の方と仕事の状況などを意見交換できるのもありがたいことです。

「若い人にがんばってもらわないとね」と励まされます。

また、事業所でいえば、あいさつまわりにおじゃましたときに、職員のみなさんの机をまわって名刺を渡すこともよくあります。

特定の立候補予定者だけでなく、申し出があれば全員を受け入れている企業もあるそうですが、それでもありがたいことです。

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2007年1月28日 (日)

同級生はありがたい

決して、人づき合いの良い、人望の厚い学園生活を送った気はしないのだけれども、政治活動を始めると、同級生のみなさんに助けられているなと感じる場面が多くなってきた。

土佐高校の同級生のお兄さんには、県工業会の賀詞交換会におじゃましたとき、会場にいる企業経営者のみなさんの間を引っ張ってもらった。

「僕の弟の同級生なので、応援をしてあげてください」と、横で頭を下げてもらっている姿を見ると、感謝の気持ちをどう伝えていいか分からないほどだ。

また、夜8時から深夜3時まで営業するバーを経営する同級生を店に訪ねると、その時間からでも出てこれそうな同級生を呼んでくれて、いろいろと相談に乗ってもらった。

聞くと、その店には同級生やそのご両親、兄弟などの関係者がよく集まってくるようになっているということで、早速、後援会のしおりを預けてきた。

神田小学校の同級生とは、卒業式に別れてから25年ぶりの再会を果たした。

小学校卒業式のあと、通学路の分かれ道でさよならを告げたのが、とてもさびしかった思い出になっている友人だ。

僕の実家近くで会社を経営する彼は、会社の前を僕が運転する車が通ると、元気でがんばっているなあと思っていたということで、すっかり20年以上の壁をこえて近況を報告しあった。

小学校の同級生で集まる機会なんて全くなかったけれども、今回の僕の活動をきっかけに顔を合わせるようなことになってもいいねと話をした。

後援会活動では、嫌な思いをするときもあるけれども、こうして懐かしい友だちと一緒に会って、何かを取り組めるのは、とてもうれしいことだ。

それぞれに、仕事や家庭で忙しい年代だけれども、無条件に協力をお願いできる同級生は、本当にありがたいと思う。

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2007年1月26日 (金)

こじゃんと会総会に出席

25日は午後1時から土佐御苑で、「こじゃんと土佐を元気にする会(通称、こじゃんと会)」の総会に出席しました。

高校の後輩である代表の森くんとは、橋本知事夫妻を仲人に高知城で結婚式をあげたときにお手伝いしたのがご縁で、家族ぐるみでのおつきあいをいただいています。

昨年は土佐二十四万石博覧会にあわせて、こじゃんと会が盛り上げに大きく貢献しました。

この日の総会では、新聞記事切抜きや各部門責任者のみなさんによる報告があって、あわただしかった活動を振り返りました。

席の隣には、同じく県議選に高知市から立候補を予定している大石くんがいて、仲良く(?)総会に参加しました。

昨年の僕は、安芸市にいたのでメーリングリストで情報を共有しながら、安芸タートルマラソンでトレーナーを販売しているコーナーをおじゃまするとか、新年会に高知に帰ってから参加するといったことしかできていないのですが、この会には、「まちづくりをお任せでなく、主体的にかかわることで良くしていこう」という意識の方が集まっていることを実感しました。

こじゃんと会の土佐二十四万石博との関連での活動は、一区切りがついたのですが、今後も高知を元気にしていくための活動を継続していくと聞いています。

3月3日から11日までは、土佐のおきゃく2007の一環で、「おきゃくでギネスに挑戦」として、ギネス記録に毎日挑むという取り組みを、こじゃんと会では予定しています。

政治活動のあいまに、そういった町を元気にする活動の実践をしながら、いろんな方の声を聞いていこうと思います。

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2007年1月24日 (水)

後援会しおりをお持ちしています

川竹大輔後援会のしおりができたので、市内各地をまわってお持ちしています。

一束で100枚あるのですが、お会いする方の雰囲気に合わせて枚数を考えながら、数枚ていどからお願いをしています。

背広の胸ポケットにちょうど入る大きさなので、町を歩いていてばったり出会っても、「これをどうぞ」とお渡しできます。

名刺入れには、カラー写真の僕の名刺がぎっしり詰まっていました。

自転車や自動車で市街地をまわると、100円パーキングが増えた一方で、管理するおじさんがいる駐車場がめっきり減ったなと実感しました。

後援会しおりは高知以外の方には、郵送もしています。

電話をしてお話をすると快く引き受けていただけるのが助かります。

そういった意味では、高知に帰ってきて8年間で何をしてきたのかが問われているようにも感じました。

まわっていると、景気の話、県政の話、橋本知事の話などがでてきます。

早速、政策に使えるアイデアもあって、なかなか有意義なものです。

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2007年1月23日 (火)

二つの審議会を傍聴しました

23日は高知県が事務局になる少子化と農林業の二つの審議会を傍聴してきました。

県議会では100条委員会が開かれる一日でした。

午前10時からは、県保健衛生庁舎で開催の「少子化問題を考える会」です。

始まる10分ほど前に到着したので、旧知の方とは新しい活動の名刺をお渡ししました。

資料のなかに、高知県こどもの環境づくり推進計画案「こどものために行動する12のプラン」があったので、議論を聞きながらプランに対する意見を書き込みました。

分かりやすい文章で書かれた計画なので、ぜひ県内の中高生には読んでもらうように工夫をしてほしいということや、僕の政策にある雨の日でも子どもを連れて行ける場所を作ってほしいという内容を記入しました。

論議では、医師不足の現状を産婦人科や小児科を中心にした内容が盛り上がっていました。

比較的、子育ての現役世代に近いみなさんで自由に意見を述べている雰囲気です。

午後は1時30分からの高知県農林業基本対策審議会を、高知グリーン会館で聞きました。

こちらは農業、林業の各団体からの代表者に、金融、行政、学識経験者で構成される条例で定められた審議会です。

消費者を代表する方もいるのが、時代の流れでしょう。

関係する農林水産部と森林局からは部局長をはじめ、課長もずらりと会場にいました。

内容は、「こうち農業・農村振興指針」(案)の審議および答申、「木の産業づくりと森の再生プラン」についてと、平成19年度当初予算見積もり概要報告といったことです。

一次産業の課題を網羅的におさらいするには、僕にはいい機会です。

ただ、傍聴席は僕を入れて二人だけでさみしいものでした。

県の審議会傍聴はホームページで公開されてはいますが、県庁トップページから3回クリックしないと具体的な会議案内には届かないようになっています。

もちろん、県民そのものの関心不足もあるでしょうが、少しでも多くの方に会議を傍聴して、課題を共有していく働きかけが必要ではと思いました。

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2007年1月22日 (月)

宮崎県知事にそのまんま東さんが当選

21日に投開票が行われた宮崎県知事選挙で、たけし軍団のメンバーで知られた、そのまんま東さんが当選しました。

タレント色でなく、街頭演説や集会といった選挙手法で訴えを浸透させたといいます。

テレビインタビューで聞く声は演説のためか、ずいぶんとかすれていました。

その点、僕も12年前に市議会議員選挙に津市で出たときは、600回をこえる街頭演説をしていたので、同じように声がすれていたのと同じです。

また、同じといえば、そのまんま東さんのシンボルカラーはオレンジ色というか、だいだい色で、それは今の僕とカラーと一緒です。

寒い時期の選挙なので、南国的な暖色系にしたかったそうだと、高知で訪ねていった先の方に教えていただきました。

ちょうど、僕が三重県で当選した95年の統一地方選挙は、東京都で青島知事が、大阪府で横山ノック知事が誕生して、「青島ノック現象」ということばが使われました。

今回のそのまんま東さんの当選は、95年当時を思い出させるような政治不信のなかでの出来事だと受け止めることもできます。

と、自分に都合よく宮崎県知事選挙を解釈して、僕にとっては縁起のいい結果だと喜ぶ朝でした。

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2007年1月21日 (日)

安芸での宿題をはたしてきました

21日は、朝9時から安芸市元気館で開いていた父子クッキングのようすを見てきました。

高知県保幼小中高PTA連合体連絡協議会で進めている「早ね早おき朝ごはん」運動の一環です。

安芸市助役時代に、子どもと父親の料理教室のことを知って、応援の意味でぜひおじゃましたいと思っていました。

20名ぐらいの親子が集まって、ナスやジャコを使った安芸市らしい料理を作ります。

県や市の職員とも、久しぶりにあいさつをかわしました。

また、近くにある松本市長の自宅を訪ね、高知市での活動のようすを報告して、今後の相談をしました。

ちょうど、はりまや橋商店街に阪神タイガースのグッズを扱う店が開いて、責任者の方の名刺を預かっていたので、市長に渡しました。

これからも、できる範囲で安芸市のことにはかかわっていこうと思っています。

そうそう、21日は大相撲で安芸市出身関取二人が勝ち越しを決めました。

春場所には、二人の幕内力士が人口2万人あまりの町から同時にいることになりそうです。

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2007年1月19日 (金)

後援会しおりができました

ようやく、川竹だいすけ後援会のしおりができました。

後援会入会申込書も一緒に入っている、縦長の印刷物です。

枡形の事務所にありますので、ぜひ、お近くの方は取りにきていただけると助かります。

政策やプロフィールなどを盛り込んでいます。

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2007年1月17日 (水)

阪神淡路大震災から12年

117日は兵庫県で発生した阪神淡路大震災から12年になります。

当時は、三重県で津市の市会議員に立候補しようかどうしようかと悩んでいたころでしたが、ひとまず自由な時間はたくさんあったので、震災ボランティアとして手伝いにいきました。

震災発生から1週間ほどで入った芦屋市で、青森県から派遣された自衛隊が設営した仮設入浴施設の入場整理をする役割を、市役所にあったボランティアセンターでもらって、風呂番をしました。

寒さのきびしいころで、同様に遠方からやってきた高校生と語りながら、被災地で過ごした記憶があります。

それからは、高知県に帰ってきて、西南豪雨災害のときにもボランティア受け入れのセンターを頼ってお手伝いにでかける癖がついたのですが、阪神淡路大震災の体験が災害ボランティアの原点になりました。

また、三重県で市会議員をはじめると、災害ボランティア派遣のお手伝い、高齢者や障害者といった災害弱者の把握のこと、自主防災組織の結成のことなどで発言や勉強をしました。

安芸市助役で仕事をしているときは、予想される南海大地震に備えてどうするかが大きな課題で、県内1活発な自主防災組織づくりや、避難ビルの積極的な指定といった活動にかかわってきました。

高知県では、以前に比べてずいぶんと地震対策が進んできた印象がありますが、それでもこれからは南海地震に備えた条例づくりや、ハード面・ソフト面での対策で課題が多く残っています。

12年前の阪神淡路大震災や、それ以降の流れをふまえながら、安心して暮らせる地域づくりのお手伝いをしていきたいと思います。

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2007年1月16日 (火)

後援会の看板を立てる場所を探しています

川竹だいすけ後援会の看板を置かせていただく場所を探しています。

よくある、名前を大きく書いた縦長の看板です。

「前向きな高知に」「川竹だいすけ」「橋本知事特別秘書(平成12~17年)」という文字を入れています。

今のところ、高知市内で升形の事務所をふくめ、数カ所で掲示できる場所を確保していますが、引き続き場所をあたっています。

高知市内12ヶ所で最大限おけるそうです。

景観的に、あまり好ましい看板ではないなあと我ながら思うのですが、多くの方に活動を理解していただくためには、欠かせないと思うようになりました。

場所が決まれば、選挙管理委員会に住所を届ける必要がありますが、すぐに手続きができるので大丈夫です。

この場所ならば使ってもいいよというお話しがありましたら、ぜひお寄せください。

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2007年1月14日 (日)

後援会しおりを作成しています

11日に発足した川竹大輔後援会の入会申込書を含んだ、後援会のしおりを作成しています。

他の立候補予定者のみなさんは、しおりを抱えてまわっているのですが、僕はその体制づくりが遅くなっています。

写真撮影をしたのが1229日で、原稿をそのころに渡しました。

ただ、年明けしばらくにならないとデザイン関係をはじめ、印刷業界は動き出さないこともあって、しおりの完成は19日前後になりそうです。

印刷物があれば、地域をまわりやすくなります。

また、新しい名刺も必要だったのですが、事務所の住所や電話番号が確定するまで待って、今はパソコンで作った名刺を配っていますが、来週以降にはプロが作った名刺をもつ予定です。

後援会の会報はなるだけ、自分たちで紙だけ用意して印刷をしたいと、費用を安くするためにも願っていますが、後援会のしおりと名刺は、橋本知事もお願いをしているプロに頼みました。

印刷物の色の基本は、オレンジ色を使っています。

5歳の息子の好きな色がオレンジ色ということと、「だいだい色のだいちゃん」というつもりで、暖かい色を希望しました。

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2007年1月13日 (土)

県の課題をお聞きしています

12日は県の課題を、活動のなかでいろいろとお聞きすることが多くありました。

朝は約束の方との時間に余裕があったので、中央児童相談所を訪ね、子どもの虐待をめぐる話を聞きます。

予算が削減されるなかで、職員の数では配慮をされているのだけれども、いままで二人の外部の方にお願いしていた役割を一人にしたところ、支障をきたしているので見直しをしているといった話です。

また、専門性とは関係なく異動でくる職員もいるので、全体での情報を共有していくためもあって、週に一度は半日ほどじっくりと内部で議論をする機会を設けているとも知りました。

お会いする県民の方からは、団塊の世代に高知にきてもらったうえで果たしてもらう仕事のことや、競馬組合での経費節減策についての提案をいただくことがあって、早速、しかるべき方と意見交換をしてもらう段取りをつけたりもしました。

夜は県庁で開かれた市町村合併推進審議会答申の説明会におじゃましてきました。

安芸市の松本市長も委員メンバーでしたので、いろいろと経過を聞いていたのですが、まとまった説明で新しく気づくこともありました。

僕も意見交換の場ではまっさきに手をあげて、「高知市の川竹です」と名乗ったうえで、県が地域に入って合併の議論をするときには、市町村が出しにくいような財政見通しの話もしていってほしいし、合併をお手伝いしていくうえで県の権限で何ができるのかを探ってほしいという意見を述べています。

ただ、参加者数が公務員らしき人を含めて30名弱と低調で、ネクタイ姿でない方は10名ほどだったのは残念だったような気がしました。

日常の活動のなかで、できるだけたくさんの方にお会いすることを続けながら、一方で充電としての課題把握、課題解決のお手伝いを続けていきたいと思っています。

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2007年1月10日 (水)

壁にはるポスターを集めています

升形商店街の事務所の壁にはるポスターを募集しています。

とはいえ、よくある「必勝」という文字の刻まれた、政党や政治家からのいわゆる「ためがき」のことではありません。

観光、企画展、イベント、催し、スポーツ、募集などのチラシ、ポスター類を貼っていこうと思っています。

夏のよさこい祭りを告知するポスターはすでに飾りました。

「土佐のおきゃく」「坂本直行展」「ごめんなはり線友の会」の大型ポスターは、個別にもらいにいこうかなとも考えています。

基本的には、今、もしくはこれから開催するものの宣伝に役立ちたいし、ささやかでも一つ一つの活動を応援する姿勢を見せていきたいという狙いです。

ただ、過去のポスターとして、12年前に僕が三重県津市議会議員選挙に出たときのポスターがあったので、壁に貼っておきました。

オウム真理教事件が世間を騒がせていた、また、阪神淡路大震災が起きた年の、僕が25歳のときの作品です。

三重県の選挙なのに、「橋本大二郎高知県知事が推薦」といった青い大きな文字が入っています。

イベントをお知らせするようなポスターがありましたら、ぜひお持ちください。

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2007年1月 7日 (日)

升形商店街で事務所をかまえます

年明けには、川竹大輔後援会の設立届を県選挙管理委員会に提出しました。

政治団体は市会議員のときはなかったので、初めての経験です。

後援会の事務所は、高知市の中心部に近い升形商店街に置くことにしました。

電車通りから北に向かう商店街の東側の、キタムラカメラすぐ南にあります。

5坪弱の面積ですが、「小さな事務所、大きな輪」をモットーにしたいという願いをこめました。

週末は、若い人にも手伝ってもらって、事務所の清掃や片づけをしています。

多くの方に集まっていただく、事務所開きの予定は今のところはなくて、9日からの週では誰かが昼間にいるようにしたいと思っています。

升形商店街は県庁にも近く、僕の出身地である神田地区にも行きやすい場所です。

よさこい祭りの競演場でもあって、総踊りで盛り上がるところです。

4月までに、みんなで盛り上がる活動となるよう願っています。

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2007年1月 3日 (水)

新しい挑戦の一年です

新しい年が始まりました。

昨年末で安芸市助役を退職して、新たな挑戦のスタートです。

年末年始は、そういった時期でもおじゃましても大丈夫なような方のところにあいさつまわりで訪ねたり、同級生とサッカーをしたりして過ごしました。

もちろん、家族で年越しを祝い、兄弟で集まることもありました。

いろんな方にご心配をかけながら、ご相談をしています。

ブログもタイトルを改めて開始します。

アメリカのボストンで大リーグに挑戦する松阪大輔くんのような気持ちで、新しい舞台で挑戦をすることになりました。

これからも、ごひいきにお願いします。

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